インスペクションの義務化とは?
少子高齢化を背景に、近年では空き家が増加しています。こうした空き家の増加に伴い既存住宅のリフォームやイノベーションといった活用も増加傾向にあります。しかし、既存住宅は建築から時間が経っていることから性能や品質面での経年劣化が心配となるという方も少なくないでしょう。
そこで平成30年4月1日に施行された改正宅建業法では既存住宅のインスペクションに関する項目が追加されました。ここではインスペクションとは何なのか、どういった義務が追加されたのかについて解説します。
インスペクションとは
インスペクション(inspection)とは英語で検査、点検を意味する言葉です。不動産関係の用語としてのインスペクションは、既存住宅(中古住宅)を住宅診断士(ホームインスペクター)が調査し、外壁や基礎などの劣化状況や補修が必要な箇所を調査または検査し、その物件に関して専門的な知見に基づいて客観的なアドバイスを行うことをいいます。
こうしたインスペクションは建築士のうち「既存住宅状況調査技術者」の資格を持つ者が行います。「既存住宅状況調査技術者」が行わないと宅建業法上のインスペクションとして認められない点は注意が必要です。
では、既存住宅の全てについてインスペクションを行う必要があるのでしょうか。宅建業法が定めるインスペクションは建物の全てについて行うものではなく、「構造耐力上主要な部分」と「雨水の侵入を防止する部分」について行うものとされています。「構造耐力上主要な部分」とは基礎、土台及び床組、柱及び梁、外壁及び軒裏等のことをいいます。また、「雨水の侵入を防止する部分」とは外壁、内壁、天井、屋根等のことをいいます。
このようにインスペクションは対象が限定されているため、押さえておきましょう。
また、インスペクションは目視が主な調査方法であり、壁の一部を破壊してその内部を調査するといった調査や、建物の強度を調べるといった調査までも行うものではありません。あくまでも特殊な調査を行うものではない点は押さえておきましょう。
こうしたインスペクションの性質上、インスペクションに合格したとしても、目視できる範囲では問題ないという点が明らかになるだけで、建物に瑕疵がないことが保証されるといった効果はないため注意しましょう。
インスペクションが義務化された背景
ではインスペクションが義務化された背景にはどのようなものがあるのでしょうか。
元来、中古物件の取引が盛んになされている欧米では家を購入する前にはホームインスペクションを行うのが当たり前とされており、当然の文化として浸透しています。他方で日本ではインスペクション自体は存在していましたが、日本では中古物件の売買と比較して新築物件の売買が一般的であったことからインスペクションの認知度はそれほど高くありませんでした。
しかし、冒頭でも触れたとおり、昨今は少子高齢化が進み、日本では世帯数よりも住宅ストックの方が多いという事態になり、空き家問題も社会問題化されてきました。こうした中で中古物件の取引を活性化させ、消費者が安心して既存物件を購入できるよう仕組みや制度作りを政府が始めました。こうした仕組みづくりの一環がインスペクションの認知向上と普及であり、中古物件の質の向上を狙って整備されたものです。
インスペクション義務の内容
では、宅建業法はインスペクションの義務をどのように定めたのでしょうか。ここからはインスペクションの義務の内容について解説していきます。
義務化の対象は中古物件のみ
前提としてインスペクションの義務の対象は中古物件のみとなっています。では、なぜ中古物件のみが対象とされているのでしょうか。
まず新築物件の場合、インスペクションの対象となる構造耐力上主要な部分や雨水の浸入を防止する部分については10年間の保証が法律上義務付けられています。新築物件の場合、こうした保証があることに加えて、完成後間もないため、すぐに修繕が必要になるといった心配はないといえます。
しかし、中古物件の場合は新築物件と異なり経年劣化がすでに進んでおり、その程度も物件によって異なります。そのため建物がどんな状況であと何年住めるのかといった点について調査し専門家からアドバイスを受けることが安心して住み続ける上で非常に重要となります。こうした背景から中古物件についてのみインスペクションの義務が課されたものです。
インスペクション義務の内容
宅建業法により3つの場面でインスペクションに関する義務が定められることになりました。なお、いずれの義務も仲介業者が負う義務であり、中古物件の売主や買主はインスペクションに関する義務を負わない点は押さえておきましょう。
①媒介契約締結時
中古住宅売買の仲介契約締結時に、宅建業者は顧客に対してインスペクション制度について説明する義務を負います。また顧客が希望するときは、インスペクション業者のあっせんを行う義務も併せて負います。ここでいうあっせんとは単にインスペクション業者の情報伝えるだけでは足りず、顧客とインスペクション業者との間でやりとりができるように手配するところまでの義務を負う点には注意が必要です。
②重要事項説明時
宅建業者が買主に重要事項説明を行う際には、売買の対象となる物件においてインスペクションが実施されているかどうかについて説明する義務があります。また、実施している場合にはその結果を買主に説明する義務もあります。
これらの項目については重要事項説明書に追加で記載が必要になるのでその点についても注意しておきましょう。
③売買契約締結時
インスペクションを実施した場合、その結果を売主と買主が結果を確認し、その内容を確認したことを記載した書面を仲介会社が売主と買主に交付する必要があります。具体的には売買契約時に交付する契約書面(37条書面)に売主と買主が確認したことを記載する義務があります。
インスペクション義務化のメリット・デメリット
インスペクションに関する義務化は売主や買主、不動産業者にとって様々なメリット・デメリットがあります。そこで、ここではインスペクションに関する義務化のメリット・デメリットについて解説します。
買主のメリット・デメリット
買主のメリットとしては、インスペクションの実施と内容の確認により引き渡し後の住宅の性能に関するトラブルをある程度防止できる点が挙げられます。インスペクションに関する説明を通じて建物の状態を確認してから取引することができるため安心して取引することができるという点もメリットとして挙げられます。
また、建物の経年劣化の状況などが分かるため、購入後のどこをどのタイミングで補修やリフォームをすればよいのか計画を立てやすい点もメリットとして挙げられるでしょう。
買主のデメリットは、買主側の希望でインスペクションを実施した場合には買主の費用負担で行う必要があるため、買主に追加費用が発生する場合があることがデメリットとして挙げられます。
もう一つのデメリットはインスペクションを実際に実施するのは売買契約を締結する前になるため、インスペクションを実施の計画をしているうちに先に物件を購入されてしまったといったリスクが生じる可能性があります。
売主のメリット・デメリット
売主のメリットは、交渉がスムーズに進み、希望価格で売れる可能性が高まるという点が挙げられます。というのも、インスペクションに合格している建物はインスペクション未実施の建物と比較して買主はより安心して購入することができる分、交渉がスムーズに進み、売主の希望価格での取引が可能となるためです。
また、インスペクションに合格しているということでその物件の性能や品質をアピールすることができるという点もメリットの一つといえるでしょう。
他方で売り主にとってのデメリットとしては、高額の補修費用が必要になる可能性がある点が挙げられます。売主自身の判断でインスペクションを実施し、その結果建物に不具合が見つかった場合、補修費用を支払って補修するか、建物の売却価格を見直すかといった選択肢を迫られることになります。売却価格をそのまま据え置く場合には、補修費用を支出して補修せざる得ないため、場合によっては高額の補修費用が必要になるケースがあります。
不動産業者のメリット・デメリット
売主と買主だけでなく不動産業者にとってもインスペクションに関する義務化はメリット・デメリットがあります。
メリットとしては、これまでは新築物件が売り上げの中心を占めていたところが、既存住宅の売買市場が活性化することで売り上げ向上が期待できるといった点が挙げられます。
また、インスペクションを実施しておくことで、引き渡し後のクレーム防止につなげることができるといった点もメリットとして挙げられるでしょう。
さらにインスペクションの実施により建物の状況が客観的に明確になることで、顧客の信頼感や安心感につながり、顧客満足度が向上するといった点も挙げられるでしょう。
他方でデメリットとしては、インスペクションを実施するとなった場合には実施事業者の手配や日程調整などに手間がかかるケースがある点が挙げられるでしょう。
またインスペクションを実施し結果によっては買主が買い控えるといったことも考えられることから、取引が中止になるリスクがある点もインスペクションのデメリットの一つといえるでしょう。
インスペクションの義務化による注意点
様々なメリットやデメリットのあるインスペクションですが、注意すべき点もあります。ここではインスペクションの義務化による注意点について解説します。
買主の注意点
買主が押さえておくべき注意点としては、インスペクションの対象はあくまでも中古物件のみであり、新築物件は対象外となっているのでその点は押さえておきましょう。
また、インスペクションは実施に際して壁を壊して中を確認したり、足場を組んで高いところを確認したりといった複雑な検査はなされません。あくまでも目視できる範囲内で行われるといった点は押さえておきましょう。業者によっては追加料金を支払うことで床下や屋根裏に入って調査してくれるケースもあるので、心配な場合には業者に確認してみましょう。
売主の注意点
売主にとってはインスペクション実施の結果、補修費用が発生してしまう可能性や価格を見直す必要に迫られる可能性がある点はデメリットでもありインスペクション実施の際の注意点として押さえておく必要があるでしょう。
また、勘違いしやすいですがインスペクションは実施自体は義務ではありません。あくまでも宅建業者がインスペクションに関する説明を行う義務があるだけです。そのため売主としてはインスペクションを行うべきかどうか一度不動産業者と相談してみると良いでしょう。
不動産業者の注意点
不動産業者にとっての注意点は今回の改正の内容を正しく理解し、インスペクションが義務になったと勘違いしないようにしましょう。あくまでも義務になったのは、内容に関する説明です。そして説明が必要なタイミングは不動産業者は媒介契約、重要事項説明、売買契約のそれぞれのタイミングで、インスペクションがあること、実施の有無、調査結果を伝えることが義務化されたものです。そのため、不動産業者として注意すべきなのは、媒介契約書や重要事項説明書、売買契約書のそれぞれにインスペクションに関する事項を適切に盛り込んでおく必要がある点には注意が必要です。
まとめ
インスペクションに関する事項の義務化は、中古住宅の売主や買主、そして不動産業者にとってそれぞれメリット・デメリットのあるものです。不動産業者としては今回の義務化の内容を正しく理解し、お客様が安心して中古住宅を購入でき顧客満足度を高める機会として活かせるようにしましょう。そのためには本記事を参考にインスペクションに関する事項の義務化についてしっかりと理解しましょう。